蓼科の今
2023.12.21
こんにちは。タウンセンターの岩下です。今朝8時の気温は-4℃、天候は曇りとなっております。日中は一時雪の予報とのことで、ご来荘前には冬の装備をご用意ください。
さて、ちょっと早いですが来年の干支は辰(龍・竜)! ということで、今回は長野県の龍にまつわる話題をご紹介しましょう。
長野県には「辰(龍・竜)」のつく地名がたくさんあります。もっとも有名なのは天竜川でしょう。
天竜川は、八ヶ岳を源とし、諏訪盆地の水をいったん諏訪湖に集め、釜口水門から流出し、愛知県、静岡県を経て、太平洋へ注いでいます。
天竜川は、河川法上は釜口水門を起点とする、流路延長213㎞、流域面積5,090km2に及ぶ1級河川で、古くからかんがい用水や舟運などに利用されていました。
名前の由来は、「水の流れが速く、龍が天へ昇っていくようにみえた」、「諏訪大社に祀られている龍神」などの説があります。
伊那市駅近く、天竜川沿いに延びる国道153号の脇には、現代的な龍のオブジェがあります。
この他にも、天竜川やその支流の橋には、多くの龍の彫刻が設置されています。
茅野市豊平の尖石縄文考古館の向かい、京都芸術大学附属康耀堂美術館の裏手には、「竜神池(広見池)」があります。
1947年(昭和22年)に農業用ため池として造成、その後1973年(昭和48年)に竜神池公園として整備されました。
提高10.3m、堤頂長92m、総貯水量40,000m3、茅野市南大塩財産区の所有で、竜神池水利管理委員会が管理しています。
池の周りには700mの散策路が整備されており、四季折々の草花や野鳥を観察することができます。
長野県には龍にまつわる伝説や民話がたくさんあります。
その代表的なものが、「泉小太郎(小泉小太郎)」伝説と「甲賀三郎」伝説です。前者は童話「龍の子太郎」のモデルにもなりました。
むかしむかし、安曇野には大きな湖がありました。その湖に住んでいた龍(犀竜)が王様との間に子をもうけましたが、その子「小太郎」を人に預け、隠れて過ごしていました。
後に母(犀竜)と再会した小太郎は、その背中に乗り犀川出口の岩山を砕いて湖の水を流し、松本平を豊かな稲作の地にしたということです。
民話ゆかりの地である松本市・安曇野市・大町市・長野市には、伝説にちなむ彫刻がたくさん建立されています。
諏訪地方にまつわる伝説は「甲賀三郎」伝説です。
近江国甲賀に住んでいた三郎諏方(よりかた)は、後継者問題の末、兄たちにだまされ、蓼科山の深い穴に落とされてしまいます。長い年月の末、地底の世界から大沼の池に這い出してきましたが、その時、三郎の姿は龍(または蛇)になっていました。
その後、三郎は蓼科山の双子池を経て諏訪湖に行き諏訪明神となり、今でも湖底にいるそうです。
「大沼の池の湧水」は、長野県内の優れた湧水の一つとして「信州の名水・秘水」に選定されています。また、毎年7月には、「龍神まつり」が行われています。
諏訪大社上社本宮の「入口の御門」(二の柱近く)には、龍の彫り物があります。江戸時代末期の1828年(文政12年)に、宮大工棟梁の原五左衛門とその弟子藤森廣八により建立されました。
この他、本宮拝殿の欄間や手水舎にも龍の彫刻が設置されています。
諏訪地方では、神代より諏訪明神は龍の化身であるとされてきました。諏訪大社の各社でも、江戸時代の名工たちが腕を競ったたくさんの龍の彫刻がみられます。
今回は長野県の「辰(龍・竜)」についてご紹介しました。
来年が、天空を駆けめぐる龍のごとく飛躍の年となりますよう。
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